伊田信光 幸福実現党 研修局長(兼)シニア局長 オフィシャルブログ

【『徳の探究の時代』第13回】

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【『徳の探究の時代』第13回】

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【「人を立てる」ことによる徳積み】

 

『北条政子の幸福論』の中に、徳積みとして、分かり易い方法が語られている。

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08191258_53f2cb5baa9a5「積極的に徳を積む」という意味においては、

「才能のある人、能力のある人、よいところのある人に光を当ててあげ、そういう人たちを立ててあげる。持ち上げてあげる。みんなに知らせてあげる」

 

というような努力も積んでいくことが、一種の徳を積む行為になり、自分のキャリアをつくっていく上で、間接的な援助者というか、賛同者を増やしていくことになるんじゃないかと思いますね。

 

 私は「尼将軍」といわれてはおりますけれども、あくまでも夫を立てようとしたし、夫亡きあとは息子を立てようとしたんですけれども、この世のはかなさで長くは続かなかったために、やむなく、北条家の男性たちも立て、夫の遺志を守り、夫が開いた幕府を続けていこうとしたわけであり、本当は自分が仕切ろうとしたわけではございません。

 

          (大川隆法『北条政子の幸福論』p40〜41)

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徳を積むという行為は、実際には、何をすればよいのか、分かりにくい。
ここでは、シンプルに、「人を立てる」という方法が取り上げられている。
 
これは、徳積みとしては、一見分かり易い。
しかし、人を立てる行為が、結果的に間接的援助者や、賛同者を増やすことになろうとも、それを狙ってやっているのでは、徳積みにはならない。

 

「尼将軍」と言われ、男勝りに頼朝亡き後の源氏と北条家を取り仕切っていたように見える北条政子の心の内が、夫の遺志を護り、夫の開いた幕府を続けていこうとしていただけであったことを知った時、徳積みの根本には、無我なる愛、利他の思いがあることを気づかされる。

 

ふくろうくん23徳積みの要諦は、その心にある。

微妙な心の置き所が、徳と徳ならざるものを分つことを心せねばならない。

 

 

 

 

 

 

あなたが幸福でありますように。 

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