伊田信光 幸福実現党 研修局長 オフィシャルブログ

【凡事徹底の深淵】

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【凡事徹底の深淵】

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09101848_57d3d6f719d65仏教の説話に、「底なし釣瓶で水を汲む」という話があります。

釣瓶の底が抜けていたら、井戸に落としたところで、水は汲めません。

それでも、上げた釣瓶に多少の水滴が付いているからでしょうか、

それを少しずつ少しずつ樽に移し、何百回も続けるうちに、

水が樽いっぱいになったという話です。(中略)

 

ここに、人間の努力の儚さのようなもの、「少ししか進まない」ということを感じます。(中略)

 

仏教の本心は「一切の衆生を救済したい」ということですが、

世界には何十億もの人がいます。(中略)

 

現実に、宗教の中に身を置いて「人を救おう」と思ったら、

救える人よりも救えない人の数のほうが増えているとも言えるでしょう。

 

人を救おうとしているうちに、どんどん死んでいくということもあって、

やってもやっても届かないところはありますけれども、

それでも、繰り返し繰り返しいやっていくことで、

少しずつ進んでいくことはあるわけです。(中略)

 

「凡事」のなかに空しいものもあるかもしれません。

しかし、続けていくことによって、少しは前進していくことがあり、それを続けていくことによって、「自分自身が自分自身でなくなること」を止めている部分もあるということを感じます。

 

(『凡事徹底と静寂なる時間』p80〜82)

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凡事を繰り返す中で、
ふと、努力の儚さを感じることは誰でもあるだろう。
一体、何をやっているんだろう。
一体、何をやってきたんだろう。
 
29歳で出家して以来、ずっと、理想を追い求めてきた。
一切衆生救済は、我が願いでもある。
 
ふくろう18しかし、未だに己の心のコントロールさえままならず、
何度も戒めを課しては、何度も破れ、
また挑戦を続ける毎日である。
 
「続けていくことによって、少しは前進していくことがある」…
それは、実感できる。
 
「それを続けていくことによって、
『自分自身が自分自身でなくなること』を止めている部分もある」…
ここが、凡事であって凡事でないところなのだろう。
 
流れ去り、壊れていく世界の中で、
正気を保っていけるのは、
この凡事の御陰なのではあるまいか。
 
凡事の奥に秘められた透明な志こそ、
本来の自分を保ち、永遠の今を生きることを可能にする
top-img01秘密なのかもしれない。

 

そして、徹底に込めれた精進の意志こそ、
化学反応をもたらす、
魔法の触媒なのかもしれない。

 

 

凡事徹底の中で掴み得るものこそ、

一切衆生救済を可能にする希望だと信じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたが幸福でありますように。

 


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