伊田信光 幸福実現党 研修局長(兼)シニア局長 オフィシャルブログ

【『宗教立国』ー「仏国土建設」の「回天の基点」ー】

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【『宗教立国』ー「仏国土建設」の「回天の基点」ー】

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No.18 【『宗教立国』を支える「機会平等」の思想】

 

07231820_53cf7e65ac4c7幸福実現党は、唯物論、無神論を否定します。唯物論政党や左翼政党が、大事にしている“平等”の理念に込められた、「嫉妬の哲学」を否定します。
 
最近は、この“平等”をお色直しして、「格差是正」という美名を取って現れていますが、注意しなければ、「格差是正」の下に、不幸な社会が訪れます。
 
格差にも、「良い格差」があること、さらに、いわゆる「格差是正」の奥にある考え方、哲学の危険性について、明確に理解しておかなければなりません。
 
嫉妬というのは、本来はそうありたいという理想を含んでいるものです。
それを実現できないために、相手を自分と同じ土俵に引き摺り下ろしたいという方向で間違った思いを出しているのです。

 

08261517_53fc2689ea808これは、人間としては、美しい思いではありません。自分の努力を顧みない、真の自尊心のかけらもない、惨めで、浅ましい、恥ずべき思いです。
嫉妬している対象は、そこに理想があるのだと見抜いて、その理想を肯定しなければ、一歩も自分はそこに近づけないのです。これが真理です。
 
宇宙の理法は、自分が出したものを受け取るという縁起の理法が公平に働いています。時間差はあっても、必ず、縁起の理法から逃れることはできません。
 
嫉妬という思いを出し続けるかぎり、その人、或は、その社会は、その嫉妬を自らも受け、全体として活力は減退し、貧しさの平等の方に流れていきます。
ですから、格差是正、あるいは、結果平等の奥にある、その思いを修正しなければ、必ず、縁起の理法で、不幸で活力のない、衰退した社会が訪れるのです。

 

12262247_549d66ebbfadb左翼思想や唯物論では、嫉妬心を“正義”と勘違いしているようです。
発展繁栄している人達、特に大企業などは、何か悪さや、ずるいことをしているに違いないという思い込みと自分の貧しさを正当化する思想が入っています。
発展繁栄が実現しているという事は、それなりの縁起の理法が働いている事、隠された努力が裏打ちとしてある事を、正当に評価しなければなりません。
 
努力した人が、努力相応の処遇を得て、正当に評価される社会でなければ、個人としてやる気は起きないし、社会が発展することはありません。
その結果、公平の原理として格差は出ますが、それは、希望や理想でもあり、勤労意欲を増し、社会の活力を生み出す「良い格差」と考えるべきなのです。

 

たとえば、黒字を出した企業が、何かずるいこと、悪いことをやっているんだろうと思われて、“罰”の意味合いで、税金を課せられるのであるならば、誰も努力しなくなるし、税金など払わなくなるでしょう。
 
ふくろう7その奥には、「儲けることは悪」なのだという考えがあるのです。
そんな社会は衰退し、没落し、全体として、国は国力を落とし、結局、一人一人の国民も、不幸な生活を送ることになります。
 
企業家としての知恵や努力を認めない社会では、「自分たちが貧しいのは、一部、得している人がいるからだ。そういう人には、累進課税をかけて、そこから巻き上げて、貧しい人たちにバラまいていけば良い。そうすれば、“正義”が保たれ、社会は良くなる」と考えるようになります。これは、間違いです。

 

自分が貧しいのも、国家が衰退しているのも、何か間違った考え方があるのではないか、と考えなければ、永遠にその貧しさから逃れることはできませんし、幸福も発展も望めません。それは、「念いが展開している世界でしかない」という、仏法真理に照らせば明らかなことなのです。

 

12031950_547eeb01c2e70楽して良い生活を送りたいと言う怠惰な心からは、幸福な生活は生まれません。人が汗水たらして働いたお金を、所得の再配分で回してもらって、楽に生きたいという考え方は、不幸になる考え方です。
 
なぜなら、それは他者依存だからです。自分の運命を自分で開けないからです。自分の運命を自分の心一つで切り拓いて行けるという、自助努力の精神、自己責任の原則が、幸福になって行く為の根本精神です。
 
それを否定するような考え方、哲学を持った政党は、決して人々を本当の意味で幸福にすることはできないし、社会や国家を繁栄させることはできないのです。これは自明の理です。
もちろん、自助努力ができない人に対しての、セイフティネットは当然考えなければなりませんが、基本は自助努力です。

 

kyoten1この考え方の根本にあるのが、霊的人生観です。
人間は死んだら終わり、この世が終わったら、全てが原子に戻って何も残らないというような考え方をするならば、この世で悪い事をしても、怠けても、人に分からなければ、楽して生きることさえできれば、それでよいという、刹那的、享楽的、退廃的な生き方に流れていきます。
 
あの世があること、神がおられること、永遠の転生輪廻があること、これらは、証明になじみません。最終的には、信じることしかできないものではあります。
しかし、信仰を持って生きるのと、この世限り、物しかないという唯物論的、無心論的な生き方をするのとでは、天と地ほど生き方は変ります。
 
「平等」は神も認める大事な理念ではありますが、それは「機会の平等」であって、「結果の平等」ではありません。
努力に応じた「公平」な社会の実現、「神の子の自由」を大切にすることが、本当に、バランスの取れた幸福で発展的な世界を生み出します。
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「神の子の自由をいかに発揮できる社会を創れるか」、それを発展の鍵と考えるのが「幸福実現党」の考え方であり、「宗教立国」を支える哲学でもあるのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたが幸福でありますように。

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