伊田信光 幸福実現党 研修局長(兼)シニア局長 オフィシャルブログ

【『宗教立国』ー「仏国土建設」の「回天の基点」ー】

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【『宗教立国』ー「仏国土建設」の「回天の基点」ー】

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 No.13 「宗教立国を目指す『幸福の実現党』の『革命』の意味」

 

4362_l国民の中には、宗教に対する過去の知識や経験によって、宗教にアレルギーを持ち、宗教が政治に関わるとよくないと考えておられる方たちがおられます。
そう考えるのも無理はないと、理解できる面もあります。
 
その理由の一つが、現在、宗教政党を持っている団体が、戦後において、評判が悪かった点があります。
もう一つが、1990年代に騒がせた、オーム真理教の影響があります。
 
地下鉄サリン事件では、宗教は暴走すると、暴力的な反国家的な行為にまで及ぶのだという不安を、国民に持たせてしまいました。
この二つの影響が大きく、宗教全体が悪いものと考えられているところが残っているように思われます。

 

24a520437f361fc7be0bb73a00fbe880そして、幸福実現党も、政治活動に失敗したら、暴徒化するかもしれないし、政権を取ったら、他宗を排撃して、自由がなくなってしまうのではないかという不安を持っている人も、数は少ないでしょうが、おられるのだと思います。
 
しかし、それは、全くの見当違いです。
まず、幸福実現党は、「幸福実現革命」とか、「幸福の革命」とか、「政治革命」という言葉をよく使いますが、ここで使っている「革命」は、この世を破壊する形の暴力革命ではありません。
 
あくまでも、体制の中において、さらなる改善を積み重ねて、発展繁栄を目指していくという意味での内部革命を内に秘めた政治運動なのです。
大川隆法幸福実現党名誉総裁もはっきり、「暴力や殺戮による革命というものを、決して心から望んではいません。」と『幸福実現宣言』の中で言っておられます。
 
もちろん、政治において、唯物論的な考え方に終止符を打ち、宗教立国をして、神聖政治、徳治政治にしていこうとしているので、内容的には革命と言ってもよいものはありますが、はっきり、手段としての暴力革命は否定しています。

 

ogp宗教者が反社会的・反国家的な抵抗運動をやってよいのは、圧政と専制によって、人々が悩み苦しみ、国外に脱出したいと願っているような政治のときです。その場合は、宗教家は民衆と共に起ち上がらなければなりません。
 
しかし、多くの人たちが、自由と民主主義の下で、言論と協調によって社会を変えていけるときには、正しい宗教は、その秩序を破壊する方向に進んではならないのであって、より建設的な提案をして、世の中を善導する方向をとるべきだと、幸福実現党は考えているのです。
 
幸福の科学の根本教義は、愛・知・反省・発展の四正道であり、その四つは、愛の発展する姿だと教えられています。
愛が一番大切で、「与える愛から始めよう」と教わります。
それは、「すべての人が、一なるもの、つまり、根本仏(慈悲)から分かれてきた愛の子なのだ」という根本的な人間観に基づく教えなのです。

 

4iuqk4i9ukg3ですから、幸福の科学では、「敵であろうと、見知らぬ人であろうと、神の子、仏の子として愛し、愛を与えなければならない。憎しみを超えて愛を取れ。」と教えられるのです。
 
ただし、積極的に悪に加担する者に対しては、「止悪」の観点から、愛の念いで教導しよう。それもまた、「相手に悪を犯させない」という愛であると教えられています。
「愛しているから、黙っていられない」のです。
 
ですから、幸福の科学の教えに基づいて、幸福の具体化を図ろうとしている幸福実現党からは、基本的に、人を害したり、傷つけたりするような思想も行動も出て来ることはないのです。当然の事ながら、一方的に主張を押し通す為に、暴力手段に出ることもありません。
 
幸福の科学を信じている人以外の人も、批判的な人も、敵対する人も含めて、全世界の人を、神の子、仏の子として、愛しているからです。

 

宗教だから心配、不安、怖いというのは、間違った考えであり、正しい宗教を標榜するところだから、宗教立国を主張する所だから、本当の意味で、最も信用できるのです。
幸福実現党は、宗教立国を目指す最も信頼できる政党です。

 

 

 

 

あなたが幸福でありますように。


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