伊田信光 幸福実現党 研修局長 オフィシャルブログ

【『宗教立国』ー「仏国土建設」の「回天の基点」ー】

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【『宗教立国』ー「仏国土建設」の「回天の基点」ー】

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No.7【政治に、「神の正義」を実現する】

 

05291629_55681576e108f幸福実現党は、「神仏の御心に適った政治をする」という「宗教立国」を訴えています。その理由は、政治において、正義が実現しなければならないからです。
 
もちろん、法律を護ることが、正義を護ることになるという考えもあるでしょう。それも、一部当っています。しかし、現状、その法律は、人間の多数決で決まっています。そこでは、間違った法律も、時代に合わなくなった法律も制定され、人間心で行なう限り、必ず、その間違いは排除できないものです。
 
政治家は、強大な権力を持っています。戦争の判断も、重税を課す判断も最終的には委ねられており、国民に選ばれているとは言え、ある意味で、国民の生殺与奪権を握っていると言っても過言ではありません。
 
そのために、政治においては、善悪を見極め、正義が遂行されねばならないのです。ただ、その正義は、何に基づくべきなのか、それが問題なのです。

 

book_01_0090「民意」という言葉がすぐに出て来るかもしれません。それは間違っているとは言えませんが、民衆が「謝った判断」をすることは、歴史的にも証明されています。ヒットラーは、ドイツ国民の信任を得て、首相、総統になったのです。
 
世論は、一時的に沸騰したり、マスコミなどのプロパガンダによって、惑わされたり、誘導されたりすることがよくあります。衆愚政治という言葉があるように、民意は必ずしも「正しく」ないのです。
これが、「民意によって決めたことには、『正当性』はあるが、その内容が『正義』であるとは限らない」と言われる所以なのです。
 
民意は、制度の手続きを経て、国民の総意に基づき信任されたという「正当性」はあっても、「正義」とは限りません。それで、国民が不幸になったり、滅亡に向う場合もあるのです。
それは自業自得だという考えもあるでしょうが、それでは、本当の意味で、国民を愛する政治にも、国家の平和と安全と繁栄を目指すという意味での正義の実現の政治にもなっていないでしょう。

 

SE57HhuR「政教分離」には、過去の歴史の中で、宗教勢力に政治的なパワーを与えないように歯止めを掛けようとする“知恵”が表れているのかもしれませんが、これは、「神はこの世の政にタッチしなくてよろしい」という傲慢な考え方が根底にあります。
神を排除して、この世の取り決めだけで全てうまく行っているのなら、「天命が革まる」という革命の思想も必要ありません。しかし、歴史上、革命の思想が消えたことはありませんでした。
 
個人の考えでこの世的に政治の取り決めをする「人治政治」よりは、ある程度間違っていても法律で決めて、ある程度予想できる「法治制度」がまだましだという判断はあるのでしょうが、人間が創った制度が正しいとは言えません。
 
なぜなら、その法律を創るのは、最終的に国民から選ばれた代表者であり、国民のレベルがその基礎になっているからです。ですから、国民の民意、意識のレベルで、素晴らしい政治ができるかどうかが決まって来るのです。

 

幸福実現党は、今の現代社会の政治の乱れ、間違いは、神を無視した一見先進的科学的に見える唯物論に基づく世界観、人間観が蔓延していることに原因を見出だします。神を無視した民主主義は、国の乱れ、不幸、ひいては滅亡に導くと考えています。それは、神の正義が失われているからです。
 
福老寿10善悪」「正義」を見抜くには、神仏の御心を忖度する必要があります。人間は、単なる民主主義ではなく、本来「神の子の民主主義」を目指すべきなのです。
人間は、神の子・仏の子であり、仏性、神性を持った尊い存在です。本来、「正邪を分ける心」は持っています。この正邪を分ける心が、神仏の心であり、神の正義を峻別する心なのです。
 
この心は本来は持っているものではありますが、それは磨き出さなければ出て来ないものでもあります。そして、それは、神仏の目を常に意識しておくことによって磨き出すことができます。神仏の心を心として生きることによって、善悪を見抜く力が表れてくるのです。
 
この正邪を分つ心を持った神の子が、神により近い判断をする徳高き人間を、神の代理人として議員に選出し、政治を行なうことが本当の政治であり、幸福実現党の目指す「宗教立国」の意味でもあるのです。
今、この日本に、正義を打ち立てなければなりません。善悪の確固たる判断基準を打ち立てねばならないのです。

 

519K7u3RSkL._SX338_BO1,204,203,200_「国の政というものは、仏神に連なってこそ、その正当性が得られるものであり、国の中心にある者が宗教性を失ってしまっては、国民の信を得て国民を治めることはできない」

(大川隆法『青春に贈る』)ということなのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたが幸福でありますように。

 

 


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