伊田信光 幸福実現党 研修局長(兼)シニア局長 オフィシャルブログ

【『宗教立国』ー「仏国土建設」の「回天の基点」ー】

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【『宗教立国』ー「仏国土建設」の「回天の基点」ー】

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【NO.5「神の子の民主主義」は「信教の自由」から始まる。】

 

05291629_55681576e108f幸福実現党は、「神の子の民主主義」を政治の理想として掲げています。
人間が神の子である所に、その尊さの根拠を据え、その神の子が集まって、神の子として採るべき考え方や、社会・国家のあるべき姿を議論し、神の代理人として、その政治を考え実践していく事を理想としています。
 
ここで大事な点は、マスコミは、「言論の自由」や「出版の自由」を、伝家の宝刀のように、何よりも先に取り上げる傾向がありますが、本当は、その前に「信教の自由」があることを確認しておかなければなりません。
 
51Q6JjDXB3L「信教の自由」から、「信仰告白の自由」が生まれ、そのあとに、「言論の自由」、「出版の自由」が出てきたのです。
歴史的には、「信教の自由」がどの自由よりも先に認められたのです。

 

「信教の自由」は、要するに、「宗教を信じる自由」「神を信じる自由」のことですが、これが、人間にとっては、何よりも大切な自由なのです。
 
これを制限されたり、迫害されたりすると、人間は命懸けになります。
なぜなら、何を信じるかが、その人が如何なる存在であるかを決める事になるからです。
人間は信じたものから、スタートします。全ての事は、信じる所を前提にして、そこから考え、論理を組み立て、始まって行くのです。
 
ふくろう7ですから、信じるものを制限されたら、人間は根底から自由を奪われることになります。自分で自分の生き方、未来を決めることができず、人間が人間でなくなってしまうのです。

 

人間と動物の違いは、信仰によって、自分の本能や動物性を克服し、より高貴な価値ある自分に作り替えて行くことができるところにあります。
これが、人間が万物の霊長と言われている所以であり、人間が人間でいられる最後の砦でもあるのです。
ですから、人間はその信じるところをコントロールされ、迫害を受けて強制されたりすると、命懸けになるのです。
 
たとえ、迫害を受けても、内面の自由まで犯すことはできません。
人間はその信じる所を護って、従容として死んで行く事ができる存在です。
そこに、肉体生命よりも尊いものを護ろうとする高貴さがあります。
これが人間の人間たる所以です。

 

book_01_0090歴史的には、フランスで、1598年に「ナントの勅令」が出され、ヨーロッパで初めて、個人に「信教の自由」が認められました。
そして、「意見の自由」、「表現の自由」の方は、1789年のフランス人権宣言で初めて公式に認められたのです。
その間に、実に200年に渡る歳月が流れていたのです。
 
「信教の自由」のない所には、基本的に、「良心の自由」もありません。
信ずる教えを持たない人、それも、人間が神の子、仏の子であると基本的に信じない人たちは、危険極まりない人と考えることもできるでしょう。

 

欧米では、信仰を持たない人が獣のように思われているのには理由があります。
信じるものがなければ、その人の考えと行動の拠り所がないわけですから、その人の行動は一定しないのです。
自分の都合で場当たり的に判断し、自分さえよければという所に流れ、エゴイスティックにならざるを得ないのです。
こんな人を信用することはできません。
 
ふくろう19信教の自由」が、人間が人間であることを保障し、全ての権利の大元にあること、人間として最も大切な自由であることを踏まえていなければ、理想国家を創ることはできません。

 

「宗教立国」こそ、理想の国家創りの根本である理由です。

 

 

 

 

 

 

あなたが幸福でありますように。

 


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