伊田信光 幸福実現党 研修局長(兼)シニア局長 オフィシャルブログ

【「新・日本国憲法試案に学ぶ」(6)】 【「信教の自由」は、「神の子人間」が持つ根本、且つ、全てに先立つ自由】

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【「新・日本国憲法試案に学ぶ」(6)】 【「信教の自由」は、「神の子人間」が持つ根本、且つ、全てに先立つ自由】

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今回は、「新・日本国憲法試案」の第二条について、考えてみたいと思います。

《 [第二条] 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。》
book_01_0111「信教の自由」とは、「信仰を持つ自由」の事です。
たった十六条しか、規定していない憲法試案の条文の中で、「和の精神」、即ち大調和を尊いものとし、目指すべき理想であるとする根本規範の次に、「信教の自由」を持ってきている事の意味は、とても深いものがあります。

人間の持つ自由の中で、最大の自由、最も大事な自由、何人も犯してはならない自由が、「信仰を持つ自由」なのです。
この「信仰を持つ自由」こそが、人間が「神の子人間」である事を保障する権利であり、人間の尊厳を護る自由なのです。

人間には、「信仰の本能」があると言われます。この「信仰の本能」こそが、人間と人間以外の霊を分ける本能です。
「信仰の本能」とは、自分が知性あるエネルギー体として、「考える」根本の拠り所である信仰を求め、その己が信ずる所に従って、自分を変えていくという本能であり、根本仏の創造性という最も根本の性質を引き継ぐ能力なのです。

この「信仰の本能」によって、人間は、神が人間に命じた「我のごとくなれ」という神の使命を果たすべく、サケが故郷の河を登るように、一なる神へと帰っていく事ができるのです。

人間が万物の霊長、様々な霊の中で、最も尊い存在であって、霊の中で長の位に存在しているのは、この「信仰の本能」が活性化しているからです。
この本能があるが故に、魂の第一機能と称せられる「創造の自由」と「選択の自由」が発揮できるのであり、そのことが、霊の中で、最も神近い存在であると言われる所以なのです。

様々な動物、植物は、そこに込められた理念の枠の中で、その理念の体現を目指し、その理念を自得する事が魂修行のほとんど全てと言ってよいのですが、次第に、色々な肉体に宿りながら、様々な理念を獲得していって、人間の根本的本能である「信仰の本能」に目覚めていくようになっているのです。

ですから、人間の姿をとっていたとしても、「信仰の本能」に目覚めていなければ、肉体は人間であっても、獣であると言われる事があるのです。
01291650_52e8b2cb85f08故に、自由意志によって、自分がこれが良いと信じる所によって、自分の性質を変えていく事ができるという事は、かけがえのない尊い事なのです。

これ故、人間の自由の中で、「信教の自由」と言われる「信仰を持つ自由」は、他の様々な自由とは別格の自由であり、全ての自由に先立つ自由、最も根本的な人間の自由だと言えるのです。

現行の「信教の自由」には、「いかなる宗教団体も、国からの特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない」とか、「何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。」とか、「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」等という付帯条件の文言があります。

しかし、これらの付帯条件は、それを付け加えることによって、「人間性悪説」の思想への偏向を促し、却って様々な疑義を生んで、信仰を持つ事を制限したり、抑圧したりする事になる可能性が高いのです。
ですから、むしろ付帯条件を外し、信仰における自由競争に任し、自然に悪しきもの、救済力のないもの、反社会的なものは、淘汰されるのに任すのが良いと判断しているのです。

故に、今回の試案では、一切不要と考えて、思い切ってシンプルに、「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。」と、一文で言い切っているのです。
これは、信仰に関して、「性善説」に立つという宣言に他なりません。

現行の憲法に付帯条件をつけた経緯には、日本の信仰を骨抜きにして、国家として弱体化しようという連合国側の意志が働いていた事は明らかです。
このような“悪意”を新しい憲法試案では排斥し、本来信仰とは良きものであり、人間が人間として生きる為に、最大の権利を保障する事を宣言しました。
「信仰性善説」の立場に立って、付帯条件抜きで制定しているこの憲法試案のあり方は、目指すべき理想の形だと考えます。

福老寿10そして、「言論の自由」「表現の自由」「集会の自由」「職業選択の自由」も、全ての自由に先がけて、「信仰の自由」があるのだという事を知らしめる為に、第二条に「信教の自由」が置かれている事を知らなければなりません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたが幸福でありますように。


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