伊田信光 幸福実現党 研修局長(兼)シニア局長 オフィシャルブログ

【価値観逆転の世界】

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【価値観逆転の世界】

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51qgtNutk5L._SL500_AA300_今、宗教を軽視して、神仏を軽んずる傾向が非常に強く、それと「個人の自我の自由主義」みたいなところが、並行して進んでいるように思うのです。
 
そういう、「各人が神様になる」のは結構だけども、やはり、それは一つの「共産主義的信仰観」にしかすぎないんだっていうことは、知ったほうがいいと思います。

 

「もらえば得、捨てれば損だ」と考えているんだと思いますけれども、「本当は、大いに捨てた者が、大いに得られる者で、大いに得ようとした者が、大いに見下されるようになるんだ」ということを知ることは大事なんじゃないかと思います。
 
日本人は、大事なものを失いかかっていると思うんですね。

 

だから、今このときに、幸福の科学の教えが説かれて、そうした「神仏のご存在」や、あるいは、「霊界世界」、「霊的存在としての人間の実体」というものを明らかにして、考え方を変えるように国民に迫っているし、世界にもその教えを広げようとしているんですね。
 
これは、世界の文明が違ったほうに流れていこうとしているのを食い止めて、もう一度、「信仰に基づく社会」をつくろうとしているんだと思うんですね。

 

                 (『豊受大神の女性の幸福論』p95〜96)

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「欲望の自由」を自由とはき違え、「個人の自我の自由主義」が進行している。

これは、各人が神に成り変わろうとしている動きに他ならない。

それは、信仰を見失った姿である。

 

それを、豊受大神は、「共産主義的信仰観」と名付けた。

この信仰観を通すと、真実の価値観が真逆となる。

 真実は、大いに捨てた者が、大いに得られ、

大いに得ようとした者が、大いに見下される世界である。

 

低次元の自我を捨てた分だけ、高次元の自己が現れてくる世界だ。

 信仰が、人間と動物を分けるメルクマールである。

信仰とは、高次元なるもののために、自己をコントロールして、低次元なるものを捨てる永遠の努力とも言えよう。

 

最も大事なものは、信仰である。

 

福老寿10「信仰に基づく社会」の創造こそ神の意志であり、
それが「霊性革命」と言われるものの本質なのだ。

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