伊田信光 幸福実現党 研修局長 オフィシャルブログ

【人の上に立つ者はかくあるべし】

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【人の上に立つ者はかくあるべし】

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若いうちには、一生懸命61dXyV+yVGL._SL500_AA300_努力しているのに、人生の作法が分からないために叱られるという経験を積んだほうがよいだろう。天狗の心は失敗のもとだ。

 

スタート点は低かったり、スローであったほうが、多くの人の裏表がよく分かり、細かいことも教えてくれるものだ。

 

屈辱を受けたり、劣等感の塊になることも、成功への長距離ランナーへと変身するための起爆剤となることだろう。

 

現代社会において「帝王学」を学ぶことはそう簡単なことではない。平等と民主主義が支配し、自由からは激しい競争が生じてくる。

 

心を平静にし、淡々と努力していく中に、判断力、責任感、胆力、無私の力を磨いていくがよい。人の上に立つ者の心構えを自得していくことが肝心だ。

 

            (『現代の帝王学序説—人の上に立つ者はかくあるべしーあとがきより)

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帝王学とは、人の上に立つ者の心構えである。

リーダーは優秀なだけでは、リーダーになれない。

人生の作法を身につける事が大事である。それは、人として身につける礼節だ。

優秀な人の陥る最大の失敗の元は、天狗の心、慢心である。

天狗の鼻をへし折られる経験が、成功への長距離ランナーへの起爆剤になり、

真実の人間としてのあり方への目覚めとなる。

 

現代の時代性は、帝王学を身につけるには、難しい環境と言えるだろう。

 

結果平等を志向する社会主義的な流れ、数の論理がまかり通る衆愚政治、弱肉強食の熾烈な競争経済などが跋扈するこの世的な価値観の中で、普遍の真理の具体化である「帝王学」を学ぶことは、奇跡的な努力かもしれない。

 

unnamed-4心を平静にして、淡々と精進するしか、それを身につける方法はない。

 

身につけるべき徳目は、仏の徳性であり、実在界のものであり、それは禅定を通して獲得する以外に方法はないからだ。

 

心構えが帝王学の本質であり、それは禅定の中で自得していくしかないことを肝に命じるべきだろう。

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