伊田信光 幸福実現党 研修局長(兼)シニア局長 オフィシャルブログ

【「法治」を掲げる似非皇帝の未来は?】

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【「法治」を掲げる似非皇帝の未来は?】

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日経新聞で「習近平体制136_l2年」(上・中・下)という論考が書かれています。

www.nikkei.com/article/DGKDZO78877720V21C14A0FF1000/

www.nikkei.com/article/DGKKZO78909730W4A021C1FF8000/

www.nikkei.com/article/DGKKZO78917380X21C14A0FF8000/

 

それを見て「法治」に関して、考える所を述べたいと思います。

 
10月23日閉幕した党中央委員会第4回全体会議(4中全会)で、採択したコミュニケの中で、習近平国家主席は、80回も「法治」と繰り返したと言います。
yjimage習氏は「法治」で、自分の権力を強め、“皇帝”としての権力を不動のものにしようとしています。

 

 就任以来、腐敗追究、軍の統制に手を緩めず、それを梃に権力を確立して来ましたが、その拠り所が“法に基づく支配”という「法家の思想」です。

 

 安倍総理が法に基づく国際ルールを守ろうと国際社会に呼掛けて、中国の動きを牽制しようとしているのを逆手にとり、都合の良い「法治」を掲げて国内も国際も自分の意のままに押し進めようとしています。

 

イメージ 9これは、「中華思想」、「人治主義」に程の良い衣を着せたものに過ぎないと考えます。
 
法の支配とは、結局、共産党主導で決めた法やルールを国民に守らせる事、究極は習氏自らが法そのものとなって、それを押し付ける事を意味しています。
それは、香港の民主派のデモや要求に対しては、8月の全国人民代表大会常務委員大会で決めた決定を、揺るがせない規範として、変更不可能なルールとして押し付ける形で表れます。

 

8463_lまた、経済における「法治」は、今年の夏頃から独禁法違反で外国の企業を提訴し、罰金を課す事が頻繁におきましたが、結局、それは、裁量の範囲を大きくし、運用の所で恣意を挟んで、共産党、或は、習氏の意のままに裁いていく「人治主義」が「法治」という形をとって表れたものでした
 
彼の取る「法治」の考え方の基には、国民も共産党党員も彼以外は全て愚かであり、信用できないという考え方があり、賢い自分が念い通りに治めるのが一番、中国の為にも世界にとっても良いのだという慢心の心があります。

 

yjimage-1彼の欲望は肥大化しており、世界帝国を目指しているので、全ての事を自分の念いを実現する為の道具に過ぎないと考えて利用する暴君の心があります。
 
彼は自我の塊であり、自分の考えを邪魔する者は全て叩き潰さんとする愛の心がひとかけらもない恐ろしく悲しい権力者になっていると思います。
その本質を隠し、自己を正当化する“美しい仮面”が「法治」だという事です。

 

4935_l習氏の任期を5年延ばし、2027年までの3期15年にすべきだ」と、8月上旬の「北戴河会議」で、長老、老幹部達28人が任期延長を提案したと言われていますが、彼は着々と“皇帝”への布石を打っています。

 

しかし、慢心する者は必ず倒れるのは理です。「法治」を掲げた始皇帝もわずか15年の統治でした。

 

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エルカンターレの光_1
法は本来、大宇宙の摂理そのものである根本仏から来るものであり、それは自然法として人々の心の中に必ずあるものです。

 

法とは、本来、仏の慈悲の別名であり、人々を自由にし繁栄と真の平和を齎すものなのです。

 

習氏が「法治」を掲げる事は両刃の剣であり、必ずや、法の解釈が進めば、その自ら掲げる法によって、自分が裁かれ、滅びる時が来ると思います。これは「出したものを受け取る」神仕組みから、必ずそうなると確信します。

 

2701_lいずれにしても、習氏が掲げる「法治」の中身を見抜いた上で、その法の本質とは何かという議論を活発にし、法を普遍的な解釈、仏の慈悲に導いていく啓蒙の努力が、習氏を追い詰めて、民主化への道を開く事につながって行くのではないかと考えます。

 

51HjJLSpz6L._BO2,204,203,200_PIsitb-sticker-arrow-click,TopRight,35,-76_AA300_SH20_OU09_そして、その動きは、香港で、既に始まっています

 

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