伊田信光 幸福実現党 研修局長(兼)シニア局長 オフィシャルブログ

【本来の「政(まつりごと)」の意味】

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【本来の「政(まつりごと)」の意味】

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51gHZXu+AvL._BO2,204,203,200_PIsitb-sticker-arrow-click,TopRight,35,-76_AA300_SH20_OU09_政治というものは、この世の「政(まつりごと)」ですが、本来は、やはり、「天上界の意思を受け、神に代わりて、この世を治める」ということです。

 

本来、高天原の神々が会議をする代わりに、国会で議員たちが会議をしているわけであり、議員たちは、神の代理人でなければいけないはずです。
神や仏の心を体現した人たちが、「この国をどうするべきか」ということを話し合い、方向付けをするのが、本当の政治だと思います。

 

憲法の「政教分離」の考え方も、「宗教が政治に口を出してはいけない。宗教が政治的行動をしてはいけない」という趣旨であってはなりません。
それは「政府が、特定の宗教、はっきり言えば、国家神道と組んで、ほかの宗教を弾圧するようなことが、二度とあってはならない」という趣旨なのです。

(『政治と宗教の大統合』—今こそ、「新しい国づくり」を p35〜36)

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「政教分離」という言葉に惑わされて、宗教が政治活動をすることを悪のように感じている人がいる。これも“平和憲法”の刷り込みの一つである。

今、必要なことは、「正しき政治の探究」であり、間違った常識を覆し、本来あるべき正しい政治に対する考え方を復活することである。

現行の憲法も、立法の趣旨に鑑みて解釈すれば、「政府が特定の宗教を奉じて、ほかの宗教を弾圧することがあってはならない」と考えるのが正論であり、実際に学界の多数説でもある。それは、制定の背景を考えれば、当然の帰結だ。故に、「信教の自由」を認める現行憲法において、「政教分離」とは、宗教が政治活動をすることを縛る規定では断じてない。

 

イメージ 8ただし、我々は現行憲法の解釈に止まっているわけにはいかない。

 

なぜなら、正しい政治をこの地上に打ち立てることを目標にしているからである。

 

本来の「政」の意味を取り戻さなければならない。

 

日本は国家建設に当たり、神々が評定して創られた神国日本であることを忘れてはならない。

 

高天原の神々が三千年以上にわたり、この日本を護り繁栄に導いて来たことに目を開かなければならない。

 

その時、民主主義とは、神の子の民主主義でなければならないことに気づく筈である。

 

そして、政治は本来は政教一致であり、神聖政治であるべきことを悟るべきである。
 

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