伊田信光 幸福実現党 研修局長 オフィシャルブログ

【「真の地方自治を目指して」10.「代表者と代行者の考え方」】

Home / お知らせ / 【「真の地方自治を目指して」10.「代表者と代行者の考え方」】

【「真の地方自治を目指して」10.「代表者と代行者の考え方」】

カテゴリ お知らせ

07121637_51dfb234a6ae3地方自治の場合に、首長も議員も直接住民の選挙で選ばれる「二元代表制」となっていますから、住民の自治への参加は、国政よりも、より積極的に行われるべきでしょう。
ただ、住民の意思を尊重するあまり、首長も議員も「代表者」と見るべきではなく、「代行者」と見るべきだと唱える方がいます。この考え方一つで、政治の在り方は大きく違って来ると考えますので、今回はこの問題を取り上げます。

この背景には、「代表者」の意識だと一般の人よりも偉いと錯覚し、住民投票等でも、「代表者」がいるのに住民は口を出す必要はないと言い出して、増上慢になる人が出て来るのではないかという、危惧の思いがあるのだと思います。
「代行者」ならば、住民代行なので、もっと住民を尊重する意識になるだろうと考えているのでしょう。

03121515_531ffb9b2f927この意見は、実際そういう人がいるという所からの意見でしょうし、その奥には権力を持つと偉くなるという、人間に対する不信感があるように思います。

しかし、不信からは不信が生まれます。真の地方自治を目指すならば、夢や理想を目指したいと思います。首長も議員も、聖職者の自覚を持つべきだと考えるので、やはり、「代表者」としての自覚を持って頂きたいと思います。
神の理想実現、「最大多数の最大幸福」を目指し、地域をユートピアにする為に、選ばれた者であるという正しい誇りは持つべきだと思います。その誇りが政治倫理を担保するし、住民の期待に対して純粋に正しく応えて行こうとする意思を強めるのだと思います。

fukuro13代表と代行の違いは、責任感の違いです。住民が判断を間違う場合もあります。住民にとって何が真の幸福に繋がるのか、それを命がけで考えて実行するには、代行の意識では弱いと考えます。代表とは、住民多数の意思を反映するだけでは不十分だと思います。それは、代行の仕事です。

イメージ 5実際に、住民多数の意見でない場合であったとしても、それが住民の真なる幸福、希望の未来、そして、神の理想に違う事であると、心底考えるならば、多数の住民の前に立ちはだかり、人々を説得して信を問う位の志、気概は聖職たる者に期待したい所です。それは、神の子の代表者の意識、神から政を預かる者の持つ責任の意識から来るものだと思います。

住民全体の公益を私心なく忖度し、神に向かう真摯さと責任感を持って判断し、信念を貫く気持ちがないと、真なる政治家は務まりません。それと、住民の意見を尊重し、耳を傾ける事とは両立できるのです。

ただし、時には、首長や議員になった途端に偉くなって、住民の意思を押さえ込むような人が出て来ないとは限りません。そこで一定数の市民からあるテーマについて住民投票をやりたいという請求があれば、必ず住民投票を行うという、現在一部の自治体でしか実施されていない「常設型住民投票制度」を全国的に条例で制定することが望まれます。これによって市民の声がより反映しやすくなると共に首長や議会が市民の声を拒否する事の抑止力にもなるでしょう。

koufukuただ、そういう人がいる、その可能性があると言う理由で、また、増上慢にならないようにと言う理由で、首長や議員を「代表者」ではなく、「代行者」として、位置づけるのは夢のない、理想のない、信仰のない考え方だと思います。

今後、社会の発展と共に、仕事の細分化は進み、全ての事に住民は関心が持てないし、その暇もなく、正しい判断をしかねる部分が増えて来ると考えます。住民参加は推奨されるべきだし、自由に自分の意見を言える権利と制度は確保すべきでしょうが、最終的には、自分が責任を持って判断すると言うプロの政治家が必要なのです。その人は「代表者」の意識であるべきだと考えます。



ページのトップへ