伊田信光 幸福実現党 研修局長(兼)シニア局長 オフィシャルブログ

【信仰と愛の伝道師-高見澤潤子】

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【信仰と愛の伝道師-高見澤潤子】

takamizawa高見澤潤子は、東京都出身(1904~2004)で、昭和・平成期の作家、随筆家、評論家です。日本で初めてダイヤモンドの研磨技術を習得し蓄音機のルビー針を開発した技術者である小林豊造が父、文芸評論家の小林秀雄が兄です。東京女子大学英語専攻部卒業後、1928年漫画家の田河水泡(高見澤仲太郎)と結婚します。
『サザエさん』作者の長谷川町子が、田河水泡の弟子入りをする際に、町子の母から「どうぞ町子を、よろしくお願いいたします。 何も望みはございませんが、たった一つ、日曜日には、どこの教会でもよろしいのですが、お近くの教会の礼拝に、出席させて下さいませんでしょうか」という言葉を貰ったのを縁として、町子と教会に通うようになり、受洗します。
 そ476982131X.01._PC_SCMZZZZZZZ_4225171の後、「信徒の友」(日本基督教団出版局)編集委員長、荻窪教会長老会会長などを歴任して、基督教関係の著作物を多数執筆しました。それ以外の主な著書に兄小林秀雄』『兄小林秀雄との対話』『のらくろ一代記』『のらくろひとりぼっち』『ミス・マープルと十三の謎』『長く生きてみてわかったこと』『九十三歳の伝言』などがあり、女性評論活動として『愛されるより062057592964600も』『愛の重さ』『愛のあるところ』『愛すことの発見』『ほんものとの出会い』『真実の愛を求めて』など、愛をテーマに作品を残しています。
「『九十三歳の伝言』-愛する意味、生きる価値-」と言う本を読みました。印象に残った文章を挙げます。

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yjimage「私が忘れられない言葉は、東京女子大の最初の学長、新渡戸稲造氏の『人生とは考えるものではない。感じるものだ。』という言葉である。人間に見えるものばかりが人生ではない。見えないが、感じて解るものが多い。見るもの、知るもの、そして、感じるものすべてが人生なのである。兄は、『感ずるには愛がなければ、優しさがなければならない』と言った。

 

「『信仰しなければ、人生の価値も意味もない。永遠の神という観念がなければ芸術も道徳もない。』と兄は言った。何を考えていたのか、感じていたのか、死の前は沈黙を続けていた。」

 

「人間の大切な情緒は、殆ど愛がなくては持てないものである。心の底から常に愛を残して置くように努めなくてはならない。若い人も、そして老人は特に。人間は生まれた時から、死に向かって歩き、青年、壮年になるまでは登り坂で、それからは下り坂であると一般の人は考える。」

肉体はそうである。しかし、人間の精神は、積極的な意志と努力と、それに相応しい心の持ち方さえ続けて行けば、少しずつ登り坂である。身体が弱り切って死ぬまで登り続けて、人生は完了する、と考えてはいけないだろうか。

イメージ 6聖書にも、もちろん、神に従う者は、という条件はつくのだろうが、老いは衰えの印ではなく、栄光の象徴であり、栄光の冠を目指して死に至るまで、山を登りつめるのが人生だ、ということを言っている。

                                (『93歳の伝言』より)

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信仰と愛に生きた、生涯現役の達人の言葉だと思います。

生涯現役人生の理想として、私が考えていたことは、肉体が衰えていっても、最高の魂の光を放ってあの世に旅立つ姿です。

イメージチャップリンもドラッカーも次の作品が最高の作品だと言っていたと聞きます。

「正しき心の探究」を基本に据えて、謙虚に忍耐を持って努力し続ければ、人生は永遠に登り坂です。死は一つの区切りでしかないのですから。


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