伊田信光 幸福実現党 研修局長(兼)シニア局長 オフィシャルブログ

『闘う白鳥』…マイヤ・プリセツカヤ 美を超えた輝き!

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『闘う白鳥』…マイヤ・プリセツカヤ 美を超えた輝き!

kntjcp6xvbqytncq1925年、20世紀最高のバレリーナと言われる、マイヤ・プリセツカヤはモスクワで、芸術家を多く輩出する有名なユダヤ人一家に生まれました。1938年、父親はスターリンの粛清により処刑され、サイレント映画女優だった母親はカザフスタンへ強制送致されます。その結果、マイヤは母方の叔母のバレリーナの養子となります。
1934年、マイヤは帝室バレエ学校に入り、1943年に卒業し、コール・ド・バレエ(群舞を担当するダンサー集団)として、ボリショイ・バレエに入団します。
これに満足せず、ボリショイ劇場以外での公演に積極的に出演して経験を積み、入団1年目の終わりには、「くるみ割り人形」のマーシャ役に抜擢されます。彼女は、跳躍の高さ、柔軟で大きく反る背中、技術の確かさ、カリスマ性、全てにおいて高く評価され、この後「瀕死の白鳥」「白鳥の湖」「眠れる森の美女」など、次々と当たり役を演じていきます。
特に、4103904046.09._SCMZZZZZZZ_V1056605108_人間の生と死を想起させ、幽玄の世界に導く、マイヤの「瀕死の白鳥」は、他の追随を許さない伝説として語り継がれています。
1958年、生涯の熱愛と崇拝の対象となる、作曲家ロディオン・シチェドリンと結婚します。
ユダヤ人であったことが災いし、西側のスパイの嫌疑をかけられ、国外講演には同行がなかなか許されませんでしたが、1959年に、彼女が西側世界に初めて登場すると、バレエ界に大きな衝撃を与えます。
世界中のバレリーナは、プリセツカヤ以後、技術の完成度でも演技力でも、より高度なものを要求されることになったのです。
preview_fad-desire-bg1960年、プリセツカヤはボリショイ劇場のプリマ・バレリーナ(首席バレリーナ)に任命されます。
1980年代には、プリセツカヤはローマ・オペラ・バレエや、マドリードのスペイン国立バレエの芸術監督を務めます。1990年、65歳でボリショイ劇場のソリストから引退しましたが、その後も芸術活動を続けています。苛酷なバレエで、五十路を過ぎて、プリマであり続けるバレリーナはほとんどいません。例外中の例外です。
1994年からは、自身の名を冠したマイヤ・プリセツカヤ国際バレエコンクールの審査員長を務めています。
2008年3月30日、京都・上賀茂神社(賀茂別雷神社)で、能、バレエ、日本舞踊のコラボレーション公演『ボレロ』が、NHK教育『芸術劇場』で放映されました。
能楽師の梅若六郎へのインタビューを中心に、企画から準備、そして本公演という、気合の入ったドキュメンタリーです。
実は、私も偶然?!その時、その放送を見ていたのです。その魂の衝撃が忘れられず、この「ときめきシニア」にプリセツカヤを取り上げているのです。

sakuragensou_title『ボレロ・幻想桜』は圧巻でした。ボレロと雅楽の共演というコラボレーション音楽にのせて、日舞、能、バレエの夢の競演がなされました。
出だしは日舞の藤間勘十朗が一人で踊り、すぐに能の梅若六郎も加わり、しばらくは二人の踊りが続きます。そして、桜の精・プリセツカヤが登場するのです。

息を飲むとは、このような時を言うのでしょう。…桜の枝を右手に、天人の衣を羽織って舞うプリセツカヤの存在感は、会場を圧倒しました。能と日舞の絡みも素晴らしいのですが、目はプリンセツカヤに釘付けです。

当時83歳、年などまったく感じさせない優雅な動きでひらひらと舞う着物姿のプリセツカヤ。二度とない永遠の美が流れていました…
私の記憶では、着物が乱れ、うまく纏い切れていなかったように思いますが、そんな事は瑣末事。天衣無縫、変幻自在…全ての形式を超えた美の極致でした。

プリンセツカ41Kwp6LJD3L._SL500_AA300_ヤは、激しく率直に人生を語ります。
「これまでの人生で、どんな哲学を身につけたのか?それは一口の水、一息の空気のように、きわめて単純な哲学だ。人間は、階級や人種や国家体制によって分けることはできない。分けるとすれば善人と悪人。とても善い人間ととても悪い人間の区別だけだ。悪人に代わって善人だけの世の中になるという、血に飢えた革命家たちの言い草は真っ赤な嘘。どの時代でも、悪人の数は圧倒的に多い。善人は常に例外で、いわば神からの授かり物。」

41HKNA29ZML._SL500_AA300_誰しも与えられた人生を全うする!…だから私も自分の人生を全うしてきた。自分に忠実に。子供や老人や同朋を(たとえ野獣のような者でも)傷つけたことはない。友人を裏切ったこともない。借金は必ず返して来た。人から受けた善意はいつまでも覚えている。人を妬んだことはない。自分の職務を果たし、バレエに生きてきた。バレエ以外は何一つできない。成し遂げたことは決して多くない。もっとできたのにと思うこともある。しかし、私はそのことに感謝している。力尽きて倒れることもなく、屈することもなく、耐え抜いてこれたという、自分に与えられた恵みに感謝している。」     (『闘う白鳥』マイヤ・プリセツカヤ自伝より)

美無限!そイメージの限界を破る強靭な意志と、あくなき自由への挑戦!
プリンセツカヤは、今89歳、永遠に美に挑戦し続ける、無限界人間です。


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