伊田信光 幸福実現党 研修局長(兼)シニア局長 オフィシャルブログ

「真の地方自治を目指して」4.「地方分権とは、何か」

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「真の地方自治を目指して」4.「地方分権とは、何か」

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12020245_50ba422359fb3般的に、地方分権は、「国が国家の持つ権限を自治体へ分け与えること」だと言われています。これに対して、「主権者である市民が権限を国と自治体に分け与えること」だと考える考え方もあります。これは対極的な考え方です。

これには、どちらにも思想的なバックボーンがある哲学的な論争が含まれています。その依拠する哲学によって、地方分権のあるべき姿が違って来るし、具体的な進め方、目標、成果にも違いが出て来ます。

私は、この考え方とは明確に違ったスタンスを取りたいと思います。まず、神の存在、民族神の存在を認めた所から、地方自治も地方分権も考えたいと思います。
20100715195427それぞれの国家には、民族神と称される高級霊が存在し、その国家の自治を地球神から任されているという考え方を取ります特に、国家は民族の違いによるもので分かれている事が多いのですが、それは多くの場合、宗教の違いが根本にあると考えています。

日本国家には、現在では、仏教も儒教もキリスト教も老荘思想も入ってはいますが、神武天皇から数えても二千六百年を超える皇統があり、基本的に天照大神を祖先とする天皇家が、地上における国家の象徴として続いています。

日本は、image267先の大戦の敗戦で、アメリカを中心とする連合国側の日本の国力を弱める意図の基に創られた、政教分離を含む日本国憲法を押し付けられましたが多少の弱体化はあっても、国体自体は変わらず存続していると考えています。

故に、私は、日本民族としての宗教は、習俗化してはいても基本的には日本神道であり、国家を統治する存在としての天照大御神を中心とした神道の八百万の神々の存在を認め、その権威を尊重する立場を取るべきだと考えています。

ただし、大川隆法『新・日本国憲法』試案第14条の通り、book_01_0111その法的立場としては、「天皇制その他の文化的伝統は尊重する。しかし、その権能、及び内容は、行政、立法、司法の三権の独立をそこなわない範囲で、法律でこれを定める」とあるように、天皇制の存続を担保する為に、かえって直接的なこの世的な責任を追わない立場が妥当だと考えるのです。

日本神道には、礼節と調和を中心とする秩序を重んずる考え方がありますから、神の意向を受けた為政者が、神の理想の実現、具現化の為に政治を行なうという考え方、それも国全体に関わる政治から、次第にその体系だった秩序の基に、地方自治を行なうと言う考え方を尊重したいと思います。

ただし、戦前の国家神道的な考え方との違いは、地球神・主エル・カンターレの日本国への降臨を受けて、もっと普遍的なものに変わろうとしている点です。「神道の神々は、全ての人間に神の子としての本質の尊厳を認めた上で、仏法真理の実践によって、日本のみならず、地球全体の平和と繁栄に対して責任を持とう」と考え方を改めたのだと考えます。

そして、地方自治に対するc0190267_092235分権の思想の根本的な拠り所は、大川隆法『新・日本国憲法試案』」第十三条「地方自治は尊重するが、国家への責務を忘れてはならない」という考え方が妥当だと考えます。

この世的に見れば、上からの分権、下からの分権を対極として様々な考え方が分かれますが、私は、神の理想実現を目指して国政に携わる為政者の政治への取り組みと神の子人間が神の理想を実現しようとして自己発揮する地方自治への働きかけは、神の理想実現というテーマの基に、止揚統一できるものと考えているのです。

ですから、私が考える地方分権は、国家と市民という対立構造を踏まえての地方分権の考え方ではなく、その本質は国家を繁栄させる為に地方に神から託され分け与えられた権利」であるという考え方を採用したいと思います。

イメージ 3その思想に立てば、神の理想を果たすという国家への義務の元、神の子の自由を発揮し、地方自治を繁栄させる事ができると共に、神から見た地方分権の真なる姿を現わす事ができると考えるからです。


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