伊田信光 幸福実現党 研修局長(兼)シニア局長 オフィシャルブログ

「 百年に一人の頭脳 」と言わせた男とは・・・

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「 百年に一人の頭脳 」と言わせた男とは・・・

イメージ幸田露伴は明治を代表する小説家であり随筆家です。1867年に江戸で生れます。父は幕臣の幸田利三、母は猷(ゆう)。幼い頃は病弱でしたが、読書を好み、草双紙、俳諧、漢学、漢詩を学びます。逓信省電信修技学校卒業後は北海道に赴任します。そこで、坪内逍遥の『小説神髄』や『当世書生気質』と出会った露伴は、文学の道に志を立て、1887年に職を放棄して帰京します。

1893年、代表作 イメージ 17『五重塔』で文壇の地位を確立し、「写実主義の紅葉、理想主義の露伴」と並び称され、尾崎紅葉と共に明治文学の「紅露時代」と呼ばれる黄金時代を築きます。また尾崎紅葉・坪内逍遥・森鴎外と並び「紅露逍鴎時代」と言われることもあります。漢文学・日本古典や諸宗教にも通じ、多くの随筆や史伝のほか、『芭蕉七部集評釈』などの古典研究なども幅広く執筆しています。

イメージ 41937年には第1回文化勲章を授与され、1947年満80歳で帰天した時、慶応義塾塾長の小泉信三氏は、「百年に一人の頭脳を失った」と評しました。

近年では、渡部昇一氏が、敬愛して止まない作家として取り上げ、露伴の「努力論」「修省論」などの修養論を紹介し、その偉大なる知性と見識が再発見されています。

イメージ 24幸福の科学」では、三福(惜福、分福、植福)の思想を、大川隆法総裁先生が取り上げています。幸田露伴は、三福の中で「植福」を最も重要と考えています。

「植福とは、我が力や情や智をもって、人世に吉慶幸福となるべき物質や、イメージ 45清趣や、知識を寄与する事をいうのである。即ち、人世の慶福を増進長育するところの行為を植福というのである。」   (『努力論』「植福の説」より)

惜福とは自分に回って来た福を大切にする事、分福とはこれを分ける事ですが、この二つは、福の処分に関わる心がけです。しかし、植福は「福を創る」ことなのです。それは、自己のみならず、社会にも福を植える行為であり、それは光の創造行為である為に、「福」を論じる時に最も重要且つ崇高なのが、「植福」だと言う事です。それを深く意識して生きた幸田露伴は、大いなる植福を人類に齎したのだと確信します。

「徳をイメージ 3積むのは、人類の今日の幸福の源泉になって居る。真知識を積むのもまた人類の今日の幸福の源泉になって居る。徳を積み智を積むことは、すなわち、福を植える所以であって、樹を植えて福慶を来者に贈るごとき比ではない。」

という、露伴の言葉の重みを深く受け止めたいと思います。

イメージ 40小説家幸田露伴は有名ではありますが、人生の根本に関わる洞察に満ちた随筆にこそ、彼の真骨頂が表れていると思います。

「百年に一度の頭脳」が示す「自己修養法」は、「霊性革命」の時代に是非とも見直すべき、古くて新しい自己革命の方法論でしょう。


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