伊田信光 幸福実現党 研修局長 オフィシャルブログ

努力+楽しむ=幸福=感謝×無限 &  メルマガ「シニアからの起業」

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努力+楽しむ=幸福=感謝×無限 &  メルマガ「シニアからの起業」

本多静六氏イメージ 24(1866年~1952年)は、日本最初の林学博士で造林学、造園学の権威者です。日本の公園の父」とよばれ、イメージ 5明治神宮外苑、日比谷公園、大宮公園をはじめ、全国で200余りの公園の設計や改良をしました。また、国立公園運動の主導、国立公園法の制定にも関わり国立公園の生みのイメージ 6親」「国土創りの神様」とも言われています。また、渋沢栄一、安田善次郎、後藤新平、諸井恒平ら当時のトップ実業家の顧問として活躍しました。

埼玉県久喜市に代々名主を努める折原家の第6子として誕生。9歳の時に父親が急死。同時に多額の借金で生活苦となります。苦学の後、東京山林学校(後の東京イメージ 4帝国大学)に入学し、首席で卒業。明治22年、元彰義隊隊長本多敏三郎の婿養子となります。その後林学を学ぶためドイツへ留学しますが、家の都合で義父からの送金が途絶え、困窮の中3時間睡眠で学び、4年間掛かる所を2年で卒業し、国家経済学博士の学位を取得。帰国後母校の教授になります。
東京駅丸の内イメージ 7口駅前広場の設計にも携わり、また、関東大震災からの復興の原案を二昼夜不眠不休で作成しています。

イメージ 2「四分の一天引き法」を実施して、投資家として40歳で100億余りの巨万の富を築きますが、退官後60歳の頃に、匿名でほぼすべてを教育、公共の関係機関に寄付します。また、毎日1ページ原稿を書き続け、376冊もの本を書いています。

大川隆法総裁先生は、次のように本多静六について語っています。

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イメージ 34私は天上界にいる本多氏と話をすることがあります。彼がいつも私に話すのは、『人間というものは、結果を得て幸福になるものではない。努力そのものが幸福なのだ。努力の結果として出てくるものは残りかすの部分であって、その努力の過程を楽しむことが非常に大事なのだイメージ 8(『努力即幸福』)

人びとにどんどん福を配る役割をしている福禄寿の彼が『努力するなかに繁栄を勝ち取り、結果ではなく、自分が発展していく過程をこそ喜ぶ』という生き方をしていたのです。
  (幸福への方法  第3章 5努力即幸福)

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本多静六氏は、人生設計の達人でもありました。

25歳で人生計画を作り、70代半ばで修正版を120歳まで作り直します。作り直された人生計画は次の通りです。

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第一、教練期 (6-20歳) 人間らしく働くための準備。勉学、練成の徹底化、克乏生活の訓練
第二、勤労期 (21-65歳) 身のため国のために働き、名利を蓄積する。勤倹貯蓄、職業の道楽化、成功
第三、奉仕期 (66-85歳) 名利に超越して、世のため人のために働く。名誉職、世話役、官公史、人生指導等(無償で)
第四、楽老期 (86-120歳以上) 働学併進、努力道楽の晩年を楽しむ。晴耕雨読、顧問相談役、身の上相談、遊覧指導、旅行等

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イメージ年齢に関しては、「凡人はこの程度。優秀だった人はもっと早くに奉仕期に入るもよし」とされています。まさに、生涯現役人生の鏡ですね。 

イメージ 23

 

 

 

 

 

イメージ 1イメージ 3昨年新装された本多静六記念館は、埼玉県久喜市菖蒲町新堀38の菖蒲総合支所5階にあります。ぜひ、皆さんも訪れてみませんか。

 

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 メルマガ第8回目が、2月4日午前10時に配信されます。中身のラインナップは、[幸福ひろげ隊]では、「シニアからの起業について」[ときめきシニア]では、「盲目の国学者・塙保己一」(はなわほきいち)[ミネルバの泉]は、イメージ 1「バラマキ政策は国家の没落を招く」です。ぜひ、沢山の方、登録して下さい。毎週、頑張って配信致します。


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