伊田信光 幸福実現党 研修局長(兼)シニア局長 オフィシャルブログ

「私何だか 死なないような気がするんです。 はははは、は」

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「私何だか 死なないような気がするんです。 はははは、は」


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宇野千代は、山口県玖珂郡生まれ、イメージ 2編集者着物デザイナー実業家などの顔を持ち、その人生の途上では、尾崎士郎東郷青児北原武夫など、多くの著名人との恋愛・結婚遍歴もありました。宇野千代は、人生イメージ 3を一編の美しい絵巻物として、描き切った偉大な「人生の芸術家」だといってよいでしょう

 実家は酒造業を営み裕福でしたが、父親は博打好き。幼い頃に母親が亡くなり、父親は千代と12歳しか違わない若い娘と再婚します。この継イメージ 12母が小説「おはん」のモデルです。

岩国高等女学校を卒業後、14歳で従兄の藤村亮一と結婚し、わずか10日ほどで破綻。その後、小学校の代用教員となるも、恋愛が原因で退職。そして、元夫の弟・藤村忠と結婚し上京。そこで、西洋料理店で給仕のアルバイトをしている間に、作家久米正雄芥川龍之介と知り合い、今東光とも親交を結びます。その後、大正10年『時事新報』の懸賞短編小説に『脂粉の顔』が当選して作家としてデビューしました。

その後、小説家尾崎士郎、イメージ画家東郷青児、藤田嗣治北原武夫らとの出会いと別れを繰り返します。ファッション雑誌『スタイル』を創刊し着物のデザインも始め、その販売も手がけました。桜は千代のトレードマークです。

イメージ 15作家として、第五回野間文芸賞、第九回女流文学賞を受賞します。女性向けの恋愛論・幸福論・長寿論などのエッセイも数多く書き日本芸術院賞菊池寛賞を受賞。日本芸術院会員にもなります。『生きて行く私』は宇野の代名詞となりました。そして、93歳になって文化功労者として顕彰されます。

彼女は自分の人生を振り返って語っています。

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イメージ 14「その日、そのときをただただ夢中になって生きてきただけです。鳥のように、虫のように、自然にね。…

人には言えないような苛酷な人生を歩んで来ましたが、一度として自分を不幸だと思ったことはありません。その秘訣ですか。それはね、辛いと思う事があると、その辛いと思う事の中に、体ごと飛び込んで行くことです。何をおいても、体ごと飛び込んでいきますと、その辛いと思う気持ちの中に、自分の体が馴れて来るのです。不思議な事ですが、体が馴れてくる事で、それほどには、辛いと思わなくなるのです。これが私の生活の術です。…どんなに好ましくないことがらでも、逃げるのは負けです。

イメージ 6人間は考え方、心の持ち方で幸せになったり不幸になったりするのです。絶対の幸福も不幸もありません.悩みや心配事から解放されるコツはこだわらないこと、これ一つです。ないと思えばないのです。…若さの秘訣というものがあるとすれば、自分のしたいと思うことをすることです。

…あれから40年近く経った今、私は思うのですよ。『女は60歳からがほんとうの人生の始まりである。年を重ねてこそ人生の花は咲く。』…まちがいをしない人間はいない。しかし、まちがいは反省し、正そうとすればまちがいではなくなる。くよくよと失敗を悔やむことはない。気がついたら正すことである。忘れるということは新しく始めることです。心を空っぽにするから新しい経験を入れることができるのです。いくつになっても人生は今日が始まりである。

イメージ 28…『この頃思うんですけどね 何だか 私 死なないような 気がするんですよ はははは は』…」

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98歳で亡くなられましたが、確かに今も元気一杯で生きておられるようです。fukuro15


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