伊田信光 幸福実現党 研修局長 オフィシャルブログ

「今岡信一良(いまおかしんいちろう)、人生大学の一学生」

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「今岡信一良(いまおかしんいちろう)、人生大学の一学生」

今岡信一良(いまおかしんいちろう)(1881-1988)は 明治-昭和時代の教育家、宗教家です。明治14年9月16日、浄土真宗に熱心な農家の三男として、島根県斐川町に生まれます。

彼は、松江中学時代に勘当同然でクリスチャンとなり、東京帝大哲学科宗教学を卒業して後、兵庫基督(キリスト)教会牧師を経て、1912年東大の姉崎正治研究室yjimageの副手となります。そして、1917年には、ハーバード大に留学して神学を学びます。
帰国後、日大講師を経て、1925年44歳から1973年92歳になるまで実に48年間に亘りイメージ 2、正則中学校の校長を務めました。ここでは、あらゆる宗教や哲学の立場を超えて、教育の道を歩みます。
「『宗教を教育の基礎にする』ということは、教育の中に仏教を入れるとか、神道を入れるとか、キリスト教をいれるとかではない。学校の教育活動そのものの中に宗教がある。そういう立場をはっきりさせたわけです。」と彼は、自分の立場を述べています。
そして、「個性を保持しながら、全人類と提携して行ける社会人、あるいは、世界人、こういう人間を育てよう」というのが、彼の理想でした。
この間、イメージ 13神道を研究するなど諸宗教を遍歴したのち、宗教の根本は同じという結論に達し一宗一派に拘泥しない立場から、 1948年日本自由宗教連盟東京帰一教会を設立します。
「根本は宗教なので、この宗教が根本にあることを自覚して、教育でも政治でも経済でも全て真剣にやることが自由宗教の考え方です。」
帰一協会(きいつきょうかい)自体は、1912年(明治45年)6月に設立された、宗教者同士の相互理解と協力を推進する組織です。この協会の設立者には、資本主義の父・_イメージ 19イメージ 1渋沢栄一も入っており、諸宗教をひとつに帰するのではなく、諸宗教・道徳などが、同一の目的に向かって相互理解と協力を推進することを目的とした協会でした。会員には、新渡戸稲造も入っていました。
そして、「人生大学」という独特な主張を展開します。
「『私は人生には終わりがない』と思います。fukuro13この死にいたるまでの絶え間ない成長発展の努力を人生大学と呼んでおるのです。人生大学には、特別な校舎もありませんし、絶対的な先生もありません。社会の全部、あるいはすべての宇宙が校舎であって、生活全体が学習なんだと思います。」
「私は今になって自分でやっていることは、人生大学という言葉を使うんです。 人生大学の一学生になって、そこで勉強してゆくんだと」
イメージ 14和63年4月11日死去。
「百歳まで生きてわかったのは、人生は60歳からが本番だと言うことです。」

今岡信一良。106歳まで、真摯に、宗教家として、教育家として、明治、大正、昭和を駆け抜けた、偉大なる「人生大学の一学生」の言葉を重く受け止めたいと思います。

 


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