伊田信光 幸福実現党 研修局長(兼)シニア局長 オフィシャルブログ

「高福祉、高負担」では、ちょっとまずいかな・・・?

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「高福祉、高負担」では、ちょっとまずいかな・・・?

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『「高福祉、高負担」ということであれば、老人人口が増えても、誰もが幸福になるように見えなくもありませんが、下手をすれば、すなわち、やり方を間違えれば、ある意味で、「お年寄りが大事にされない社会」ができる可能性も高いのです。私は、そのことも警告しています。

日本では、すでに宗教性が落ち着いていて、先祖供養の習慣や、感謝の心、報恩の心が薄れています。そういう国情のなかで、若い人一人が高齢者一人を養わなくてはいけないような時代がもうすぐやってくるわけですが、そうなると、お年寄りは嫌われるに決まっています。お年寄りが嫌われないようにするためには、よほど、思想的な護りがなければ無理でしょう。そういうものがなければ、お年寄りはだんだん邪険に扱われ始めると思います。

イメージゆえに、「若い人の経済的な負担を重くすれば、高齢者が幸福になる」とは、必ずしも言えないわけです。できれば、高齢者が働き続けられる社会を構築しなくてはいけないし、そのためには、高齢者のできる仕事を増やしていくことを考えなくてはいけないと、私は思っています。

やはり、自分の足で立てるというのは、かなり大事なことであり、平均的な人であれば、七十五歳ぐらいまでは現役で働ける社会にシフトしていかなくてはなりません。今の六十歳の人は、けっこう元気なので、「六十歳になると定年で辞めてもらう」というのは無理な話です。「六十歳で会社を辞めてもらい、その後は国家が面倒を見る」というのは、絶対に破綻する考えです。そんなことは無理なのです。

やはり、「働ける人は働く」ということだ大事です。どうしても働けない人については、もちろん、面倒を見なくてはいけませんが、まだ働ける高齢者のためには、高齢産業を起こさなくてはいけないのです。

                   大川隆法「未来産業のつくり方」p42より

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高福祉社会の持つ、危険性が指摘されています。

高福祉には、高負担が付きまとい、それは若い人の負担が増えると言う事、そして、それはお年寄りが邪見に扱われる事に繋がる可能性が高いと言う事、故に、お年寄りはこの世的に生活ができたとしても、精神的には、若者と離反し、安らぎのない世界が訪れる事を意味しているのです。

この警告をしっかり受け止めたいと思います。

 


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