伊田信光 幸福実現党 研修局長(兼)シニア局長 オフィシャルブログ

1009回の「NO!」・・・だから、何?

Home / ときめきシニア / 1009回の「NO!」・・・だから、何?

1009回の「NO!」・・・だから、何?

イメージ 14もうすぐクリスマス!

クリスマスと言えば・・・これでしょ!イメージ 12

ケンタッキーフライドチキンで世界初のフランチャイズチェーンをつくりあげたカーネルサンダース。

1890年インディアナ州に生まれ、母を助けるために働き始め、その職種は40種以上にものぼると言われています。

40歳の時一人息子を病気でなくしました。その年ケンタッキー州の田舎町コービンに移住し、世界恐慌で一旦閉じたガソリンスタンドをもう一度始めたのです。

ガソリンを入れに来るお客様に喜んでもらうために、物置を改造してテーブル1つと椅子6脚だけの『サンダース・カフェ』とホテル開きました。
イメージ 16イメージ 15フライドチキン・豆・ハムなど評判を呼んで、24時間営業をするようになりました。(裏情報ですが・・・フライドチキンの大元は、なんと、日本の巡洋艦龍田で発明された龍田揚げなんです。・・・知らなかったでしょ?

”最高のサービスをする者こそが、最大の利益をえる”をスローガンにビジネスに励み、それが認められて、ケンタッキー州から「カーネル」という陸軍大佐の名誉称号をもらったのです。

イメージ 4しかし、49歳の時、火災ですべて失ってしまいました。でも、負けないサンダースは51歳で手持ち資金のすべて使ってもう一度「サンダース・カフェ」を再建しました。

カーネルの経営の基本コンセプトは、「質:クオリティ(Q)」「サービス(S)」「清潔さ:クリーンネス(C)」。

この「Q・S・C」は、今でもファーストフードの基本理念になっているようです。

イメージ 362歳からは福祉・慈善事業にも力をいれ、頻繁に孤児院を訪問して、子供たちにお菓子をプレゼントしたり、アルコール依存症の人たちを、自分のホテルにを泊まらせ社会復帰をさせるなどしました。

また、孤児院の窮状を知るや、全財産を超える金額の小切手を書いて寄付したりもしたそうです。

しかし65歳の時、今度は高速道路が町を迂回してしまい、客足は止まって、「サンダース・カフェ」はたちまち窮地に立たされてしまいました。

手元に残ったのはフライドチキンの製法技術だけ。悩み抜いた末に出たアイデアは、売れたチキン1羽につき5セントを受けることで製法を教えるというフランチャイズビジネス」でした。しかし、おじいさんの飛び込み営業に応じる店はなかなかありません。

イメージ 8「NO!」「NO!」「NO!」「NO!」「NO!」・・・言われた「NO!」の数、なんと1009回。カーネルは「放り出された数は全米一」と自慢していたそうです。移動は自動車で、一ヶ月105ドルしかない年金でガソリンを買い、車の中で寝泊まり。とても、65歳のおじいさんの生活ではありません。

不屈の精神で全米各地を精力的にまわり、70歳で契約店舗数200を達成しました。

74歳で経営権をゆずり自分の調理法が正しく行われ美味しいフライドチキンがきちんイメージ 11と提供されているか、各地の店舗をみて回ります。日本にも3回来日し、いつも「日本のKFCが一番気に入っている」と言うのでした私の考えていた通 りのやり方を守り、理想のかたちを受け継いでくれている」というのがその理由。

成功は多くの人と分かち合いたい」と、ビジネスを共にする人たちの状況に心を砕き、惜しみなく知識・技術を教え続けました。

一方では、少しでも余裕ができると慈善活動を行い、孤児院の子供たちのために毎日アイスクリームをつくったり、肢体不自由児のための基金をつくったりしました。

人を幸せにしたいと言う情熱を持って邁進し続け、90才 肺炎のためイメージ 57逝去した年には、KFC加盟店は全世界48ヵ国、6,000店舗に広がりました。

以下は、カーネルサンダースの名言です。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

人を幸せにする事に引退はない。決して引退を考えずにできるだけ働き続けろ」

人間は働きすぎてだめになるより、休みすぎて錆付きだめになる方がずっと多い」。その言葉どおり、カーネルは90才で生涯を閉じるまで現役を通しました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

人は60歳や65歳になると人生これで終わりと思うものだが。しかし、そのひとの年齢は、自分が感じた歳、思い込んだ歳で決まる。歳がいくつであろうと、やれる仕事はたくさんある。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 

イメージ 1


ページのトップへ